■ 夏の始まり
【由梨】
「ねぇねぇ、晶くん。もっとサンドイッチ食べて♪」


私は雄樹を無視して晶くんにサンドイッチの入ったパックを近付けた。
勿論、雄樹の手が届かないように。


【雄樹】
「ケチッ!」


【由梨】
「そうよ? 知らなかったの?」


売り言葉に買い言葉。
ちょっと自己嫌悪に陥りそうになったけれど、なんとなく自分から許してあげると言うのも嫌な気がする。


【由梨】
(素直じゃないなぁ、私……)


そう思いながらも雄樹の方から折れてくるのを待っている自分がいた。
そして、『雄樹の方からは折れてくれなかったらどうしよう』と不安になっている自分もいた。


【雄樹】
「あ、いや、スマン。俺にもサンドイッチ……」


雄樹の方から折れてくれた事に心底ホッとした。
それなのに、ついまた意地悪な言葉が口から出てしまう。


【由梨】
おにぎりの方が美味しいそうなんでしょ? 美味しくなさそうなサンドイッチなんて食べなくてもいいじゃない」


【雄樹】
「ゴメン。いや、ゴメンナサイ、由梨様。俺にもサンドイッチ食べさせて……」


そう言うと雄樹は強引に手を伸ばしてきた。
あんまり急に近寄ってきたのでドキッとしたけど、その雄樹の手を晶くんが押さえ込んだ。


【雄樹】
「何すんだよ、あき……」


【晶】
「……おっ、お茶……お茶くれ……」


何故か晶くんは顔を赤くして飲み物を要求した。
一瞬『自分が作った物のどれかに変な物が混じっていたんだろうか』と考えてしまった。


【晶】
「……うぐっ……んぐっ……んぐっ……ふぅ、助かった……」


手渡されたペットボトルのお茶をほとんど一本飲み干して、やっと晶くんは一息ついた。
荒れたい気が整うのを待ってから、どうしてそうなったのかを訊くと……


【晶】
「途轍もない何かが入ってた……」


晶くんは、自分の食べていたおにぎりを指差した。
『おにぎりは私の作ってきたものじゃない』そう安心すると同時に、料理が得意そうに見えた麗ちゃんのおにぎりに何があったのかが気になった。
置いてあるおにぎりを良く見てみると、中に入っている具に違和感を感じた。
赤い……粉っぽい……何かが入ってる……。


【麗】
「あ、それ当たり♪」


【雄樹】 【由梨】 【晶】
「当たり?」


3人が口を揃えて麗ちゃんの言葉を復唱する。


【麗】
「そうそう、辛子明太子なかったから代わりに唐辛子たっぷり入れましたっ♪」


……………………


【由梨】 【晶】
「それって、ハズレじゃ……」


【麗】
え〜っ! 何で、何で〜!?


3人で目を合わせる……。
お互いに『誰か先に食え』と言うような雰囲気で……。

根負けして、ミートボールをフォークで刺すと恐る恐る口へと運んだ。
味は……市販の物っぽかった。


私はミートボールをよく噛んでから飲み込むと、雄樹をじっと見た。次は雄樹の番だ。

雄樹は視線の意味を理解して、そのまま麗ちゃんの作ってきた(見た目はすごく美味しそうな)様々な料理を見下ろした。
そして、徐にタコ型に細工されたウィンナーを食べた。


【由梨】
(それはズルイッ!)


【晶】
(雄樹……テメェ、卑怯だぞっ!)


あんな、市販のウィンナーをタコ型に切って焼いただけの物になにか怪しい物が入っているわけがない。
うらみがましい目で雄樹を睨みつける。
隣に座っている晶くんも同じような目で雄樹を睨んでいたけど、雄樹は『これも一品。俺の番は終り』と、笑った目で私と晶くんを交互に見ていた。

こうして、罰ゲームにも似た食事は進んでいった。
途中、私も輪切り唐辛子入り卵焼きに当たってしまい、口の中が辛くて痛くて……最後まで他に何も食べる事ができなかった。


……………………

…………

……


日も少し傾き、木陰に吹く風が気持ち良くなり始めた頃、自然に銘々で行動することになった。


【声】
「――ちょっといいか?」


川原から少し上がった木陰で座りながら流れていく雲をぼーっと眺めていると、不意に背後から声をかけられた。
振り返ると晶くんが立っていた。


【由梨】
「ん? 何、どうしたの?」


【晶】
「ちょっと話があるんだけど……」


そう言うと、ちらっと川原の方を見た。
つられて私も川原の方を見る。
川原では麗ちゃんが足だけ川に浸けて、たまに水を蹴り上げて飛沫を浴びたりしながら一人涼を楽しんでいた。
雄樹は……どこにも姿が見えなかった。


なんとなく心に引っ掛かる物があったけど、晶くんを前に物思いに耽るわけにもいかない。


【由梨】
「あ、うん、いいよ。何のお話?」


【晶】
「あのな……」


それだけ言うと晶くんは黙ってしまった。
なかなか目を合わせようとはせず、何かを言おうとしては思い留まったように頭を掻いたり腕を組んだりしていた。

それでも、晶くんの次の言葉を待った。
晶くんの目が真剣だったから……晶くんが言い出すまで待とうと思った。


【晶】
「……俺と付き合ってくれないか?」


どれ位経っただろう?
晶くんはさっきまでとは違い、しっかりと私の目をみすえながらそれだけを口にした。


……………………


頭の中は真っ白だった。
今告げられた言葉は、全く予想もしてない言葉だった。


【由梨】
「……えっと……」


私が何かを言おうとすると、晶くんはビクッと身体を震わせて背筋を伸ばした。


【由梨】
「……えっと……あの……」


言葉が出なかった。
何も考えられない。
脳が思考を停止させているかのように、今、自分がどんな状況に置かれているのかさえ考えることが出来なかった。


【由梨】
(何か……何か返事だけはしないと……)


【由梨】
「ごめん……少し時間が欲しい……」


動かない頭と、動かない口を無理矢理動かして出した言葉がそれだった。


【晶】
「……そうか……分かった」


残念そうな……でも、ちょっと安心したような表情で晶くんは言った。


【晶】
「確かに……急だったしな。まぁ、返事は急がないよ。いつでもいい」


【由梨】
「……ごめんね…………」


苦々しい笑いを浮かべた晶くんのその言葉に胸がキリキリと痛んだ。
曖昧なその返事で晶くんを傷つけているかも知れない。
それに、何よりも自分がはっきり出来ない事が不思議で苛立った。


【晶】
「……いい返事を期待してるよ」


それだけ言うと、晶くんは背を向けて川原とは反対の駐車場のある方へ歩いていった。


……………………

…………

……


また木陰で一人になった。
でも、さっきまでのようにぼーっとすることが出来ない。
頭の中では晶くんの言葉が延々とグルグルグルグル回っていた。


【由梨】
『……雄樹にでも……相談してみようかな……』


頭に雄樹の顔が浮かんだ。
年下で……あんまり頼りにならなくて……普段、私の事なんか年上だなんて思ってないようにタメ口聞いてくるような生意気な男なのに……。

でも……なんとなく心が許せそうな……そんな気がした。
相談すれば、意外と適切な……求めている答えに導いてくれるような……


川原に戻り、辺りを見回した。
雄樹はすぐに見つかった。
さっきまでの私のように木陰でぼーっとしていた。


【由梨】
『……本当に雄樹に相談してもいいのだろうか?』


その姿を見て一瞬、迷いが出た。
なぜだろう……こういった事を相談する事が雄樹を不快にする気がした。
でも、逆にこの事を話さなければいけない気もした。
なんでそんな矛盾した事が頭に浮かんできたのかは分からないけど、ともかくどちらにしても自分の中でもやもやとした物が残ってしまう気がした。


【由梨】
『……逡巡してる場合じゃないっ!』


自分の両頬を両手で叩いて気合を入れると、話し掛けるきっかけにするために車の中のクーラーボックスからジュースを2本取り出して、雄樹のところへと走っていった。

雄樹は私の方に背を向けて、何かブツブツと呟いていた。
首筋にでも冷たく冷えた缶をくっつけて驚かせてやろうと、後ろからそぉっと近付いていった。


【雄樹】
「あ〜、ダメだダメだ」


いきなりそう叫んで雄樹は頭を数回左右に振ると、頭を両手で掻きむしり始めた。
その声に一歩後退ってしまった。
あんまり激しく頭を掻いていたので、いきなり首筋に缶ジュースをくっつける事はできなさそうだった。
仕方なく、ちょっと大き目の声で呼びかける事にした。これでも十分に驚かせる事ができるだろうし、話し出すきっかけも作り易くなるだろうと思った。


【由梨】
「何? 何がダメなの?」


【雄樹】
うわぁっ!!


案の定……と言うか思った以上に大きな反応で振り向く雄樹の間抜けっぽさに思わず吹き出しそうになるのを頑張って堪えながら、持ってきたジュースを雄樹の方へ放った。


【由梨】
「喉渇いたでしょ。はい、ジュース」


雄樹がジュースを受け止めたのを確認して、まるで毒見でもするかの様に先に自分の分のジュースを開けて飲み始めた。
それにつられたのか、雄樹もジュースを飲み始めた。
気温が高かったせいもあるけど、それ以上に緊張して渇いていた喉を心地よく冷えたジュースがゆっくりと潤していった。


先に私が缶から口を離し、雄樹がジュースを飲んでいる姿をじっと見ていた。
ほんの数秒違いで雄樹も口を離した。

少し間が空いて、なんとなく切り出し難かったけれども、まずはお喋りを始めなければいけない気になった。
いきなりさっきの晶くんとの話を相談する事はできそうもなかったから……。


【由梨】
「で?」


【雄樹】
「ん?」


私の言葉に対して曖昧な返事しかしないで私からは視線を逸らしたまま、再び缶ジュースに口をつける雄樹の態度に少しムッとしながらも、ここで私がまた何か雄樹の事を悪く言ったら、雄樹に相談する事が出来なくなるような気がして話を続ける事にした。


【由梨】
「何がダメなの?」


もう一回、さっきの雄樹の言葉が何についての事なのかを訊いてみた。
勿論、その事自体も気にはなるのだけれども、自分の方の相談事をできるだけ後回しにしたかったというのもあったのかも知れない。


【雄樹】
「ああ……うん、何でもないよ」


雄樹は何かを言おうとして、すぐに『何でもない』と言い直して口を閉じてしまった。
そして、視線を私から逸らして川原の方へと戻してしまった。
そんな雄樹の背中に、無性に腹が立ってつい怒鳴ってしまった。


【由梨】
「何よ、はっきり言いなさいよ。気になるじゃない」


そう言って、頭を両手で押さえ込んで無理矢理自分の方へ向けた。
自分で自分の方へ雄樹の顔を向けさせたのに、自分でも驚くほど近くに雄樹の顔が来てしまい、目が合って少しの間、動くことができなかった。
どれくらいだろう……多分時間にして10秒にも満たない時間だったのだろうけど、すごく長く感じた一瞬の後、ほとんど同時にお互い目を逸らしてしまった。


【雄樹】
「ホントに何でもないんだよ、ホントに……」


そう言う雄樹の口調からは、何か悩み事のある雰囲気が読んで取れた。
雄樹が本気で何かを悩んでいるのが分かって、尚更腹が立ってしまった。
雄樹にとって、私は悩み事も相談できない様な存在だったのだろうか……。
そう思うと無性にやるせなくて、相談をしてくれない雄樹の事で寂しい感じがした。


【由梨】
「そんな顔して『何でもない〜』だなんて、心配して下さいって言ってるような物じゃない!」


また怒鳴ってしまってから『しまった』と後悔した。
怒鳴ってくるような相手に悩み事なんか相談してくれるわけないじゃない……。
今日は川遊びに来たと言うのに、自己嫌悪に陥ってばっかりだ。

それもこれも雄樹のせいだ。

《     1.とりあえず茶化して誤魔化しちゃえ♪     》

《      2.謝って真剣に話を聞いてあげよう      》

▲ このページの先頭に戻る