【由梨】
「きゃっ」
不意をついて由梨を両手で担ぎ上げる。
見た目よりは重い由梨の体重の全てが両腕にかかってくる。
俗に言う、『お姫様抱っこ』って奴だ。
【由梨】
「やだ……やめて……」
腕の中で、由梨は小さく拒絶の言葉を口にする。
その声に思わず顔がにやけてしまう。
もし今鏡を見ることが出来たら、それはもう意地の悪そうな笑顔をしていることだろう。
【由梨】
「……お願い……やめて……ね?」
そんなこと言われて止める優しさは、今のこの状況では持ち合わせていない。
むしろそんな事言われた方が『やってやる』って気になってくる。
【雄樹】
「いくぜ?」
すぐ近くにあるいくらか恐れの色を宿した由梨の瞳を覗き込むように見ると、次の瞬間、一気に由梨の体を放り投げる。
【由梨】
「きゃっ……」
ばっしゃ〜〜〜〜〜〜ん
激しい水飛沫と共に、由梨の体が川の中に消えた。
【由梨】
「ひゃぁ〜〜〜〜〜〜、冷た〜い!」
川はそれなりに深かったようだ。
女性にしてはそれなりに身長のある由梨の上半身しか川面から出ていない。
【由梨】
「あ〜あ、服濡らしちゃったじゃない」
由梨は川の中に腰をおろしたまま、濡れた洋服の襟元を摘みあげて、恨めしそうに睨みつけてきた。
その顔が面白くって、また笑ってしまう。
【雄樹】
「おいおい、アイシャドウが流れてるぜ? ぷっ、あはははははは……」
【由梨】
「人の顔見て笑うなッ! あんたが川ん中に落としたんでしょッ!」
そう言うが早いが、由梨は両手で川の水を飛ばしてきた。
由梨の手で掬い上げられ飛ばされた飛沫は狙いすましたかの如く顔を直撃した。
【雄樹】
「うおっ!? 冷てぇ!」
そこそこ流れの速い川の水は、初夏と言えどもそれなりに暑くなってきていた日差しに当てられた体にはすごく冷たく感じられた。
それでも、心地好い程度の冷たさだ。
久しぶりに揃った仲間、長い車内の窮屈さからの開放感、そして程よく体を冷やしてくれる心地好い川の水。
これだけの条件が揃っていて、テンションが上がらない訳がない。
そこからはもうただの子供の水遊びだ。水をかけて、かけられて。
時には上に乗っかって水に沈めたり、大き目の石を川に投げ込んで跳ねた水を浴びせてみたり、水に足をとられて転んでみたり……。
そう言えば、子供の頃はこんな風によく友達と川で遊んでたっけ。都会に引っ越してから、川に遊びに行くなんてした事なかったな……。
コイツらとは色んな所に遊びに行ったことあるけど、川遊びっていうのはなかったな。こんなに楽しいんだったらもっと早くに来ておけば良かった。
……………………
…………
……
【晶】
「いい加減、上がってきたらどうだ?」
気が付くと、すぐ横の岩の上に呆れた顔をした晶が立っていた。
両手を腰に当て、いかにも『やれやれ、これだからガキどもは……』って顔してやがる。
【雄樹】
「冷めてんなぁ……」
肩の力が一気に抜けるような……そんな脱力感。
いつもの事とは言え、毎度コイツの冷静さと言うか冷めた性格に呆れてしまう。
【雄樹】
「もっと盛り上がろうぜ? せっかくこんな山ん中まで来たんだからよぉ」
【晶】
「着替えも持ってきてないのに川に入る馬鹿はいないだろ」
そう言われて一瞬にして我に返る。
そういえば着替えなんか持ってきていない。当然、由梨も持ってきている訳がないだろう。
【雄樹】
「た、確かに正論だな……う〜ん……」
腕を組んで思わず首を傾げてしまう。
勿論、そうしてる間にも背後では由梨が執拗な水浴びせ攻撃を繰り返している。
【晶】
「今の内にあがっておけば、まだ帰るまでには乾くと思うぞ」
【雄樹】
「ちっ、仕方ない。あがるか」
川からあがり、シャツを脱いで思いっきり絞る。これでもかってくらいに絞って水気を払うと、今度はそれを広げて着た。
この日差しと気温であれば、帰るまでには十分乾くだろう。
【由梨】
「ちょっと、ちょっと、置いてかないでよ! んっ、引き上げて」
由梨が手を伸ばして、自分を川から引き上げるように言う。
一瞬手を引いてやろうと思ったが、なんか怪しい。顔がにやけ気味だ。
……それにあの目。
絶対、何か変なこと考えている目だ。
【雄樹】
「……自分であがって来い」
【由梨】
「え〜、冷たいなぁ。晶君、手貸して♪」
晶は『仕方ない』と言った感じで溜息を一つつくと由梨の方へ手を伸ばした。
【晶】
「ほら、さっさと上がれ」
【由梨】
「ありがと〜♪ え〜いっ!!」
自分の方へと伸ばされた晶の腕を、由梨は思いっきり引っ張った。
中途半端に屈んだ格好をしていた晶は由梨のその行動で一気に体制を崩し、そのまま川の中へ頭から引き込まれていった……
どっぼぉ〜〜〜〜〜〜ん
激しい水飛沫と共に、由梨と晶の体が川の中に消えた。
【由梨】
「あはは〜♪ やった、やった♪」
勢い良く水から顔を出すと、はちきれんばかりの笑顔ではしゃぎにはしゃぐ由梨。
(川なのに)海坊主のように水面から顔を出す晶。
長めの前髪がすべて顔に引っ付いてて、なんだか幽霊のように怖い。
【晶】
「やったな? やったよな? 許さねぇ!!」
……これが世に言う『ミイラ取りがミイラになった』決定的瞬間ってヤツだ。
普段は冷静(むしろ冷淡に感じる事もあるが)なフリしてる晶も、一度乗ってしまえば他の誰よりも熱くなる。
そして始まる水のかけ合い、沈め合い。
3人とも心行くまでびしょ濡れになって水遊びに励んでしまった。
特に晶は最初は『川に入るなんてバカな奴』みたいな事言ってたくせに、一番川の中ではしゃいでた(暴れてた?)気がする。
【晶】
「喰らえっ! メガトンミサイルッ!!」
掛け声と共に自らが弾となって川にダイブする晶。思いっ切り水面で腹を打った音と共に多量の水飛沫が舞う。
その水飛沫に打たれながらも由梨と顔を合わせて笑い出してしまった。
【雄樹】
「あっはっはっはっは〜、ダセェ〜。今時、そこらのガキでも『メガトンミサイル』なんて言葉使わねぇぜ」
【由梨】
「あっはっはっはっは〜♪」
ハモる2人の笑い声に、更に作り上げたキャラが壊れていく晶。
【晶】
「おい雄樹っ! そこで待ってろ、今、俺が後悔させてやるっ」
そう言うと着ていた半袖のYシャツを脱いでそれに財布を包んで岸の方に投げ、さっき以上に大胆に川へと飛び込んできた。
……………………
…………
……
ぴぃーーーーーーーーっ!!
どれ位経ったんだろうか、突然笛が吹き鳴らされる。
体育の教師が持ってそうな笛の音と同じ様な、ちょっと耳障りとも取れる高い音が川のせせらぎを無視して耳を貫いていく。
ちょっと顔をしかめつつ、音源らしい方向を向いてみると……
【麗】
「あの〜? そろそろご飯の用意ができたんで上がって欲しいんですけどぉ」
そう、その動きを例えるなら「のそっと」という言葉がぴったりな、そんな動きで麗が岩の上から川に顔を覗かせた。
そのトロい動きと同じくらいトロそうな目で、川にいる3人を見下ろしている。
【麗】
「もう、お肉焼けてますよ〜? 早くしないと焦げちゃいます」
そう言った麗の両手にはなぜか串に刺された生の肉が……。
【雄樹】
(いや、お肉もいいけど、その前に首から下げたその笛は何? しかも、音から想像した通りの体育教師が持ってそうな金属製の笛だし……)
『その笛は何?』そう尋ねようとしたその時、不意に腹が鳴った。
そう言えば、朝御飯も食わずに出てきたからな。
【雄樹】
「ん〜、腹も減ったし、いい加減上がるか」
食事用に出した組み立て式のテーブルの方へ戻っていく麗の後ろ姿を見ながら、特に誰にというわけでもなく言った。
それを聞いていたらしく、すぐ近くにいた由梨も川から上がり始めた。
【由梨】
「うん、そうだね〜。ほら、晶君も遊んでないで上がってきなよ〜」
自分の事は棚に上げて……というか、晶が川の中にいる原因を作った張本人のクセに、由梨は左手で激しく手招きをしながら右手を口に当てて、まるで幼稚園の先生が園児を呼ぶかの様な口調で晶を呼んだ。
声の先では、晶が海から出てくるゴジ○の様にして立ち上がろうとしていた。
【晶】
「はぁ、はぁ、お、俺のリベンジが終わってねぇ。メシ食ったら必ず仕返ししてやるからな、雄樹、由梨」
川の中ほどから肩で息をしながら上がってくる晶をもう一度突き飛ばして川に落としてから、急いでテーブルで食事の用意らしき事をしている麗の元へ走っていった。
【雄樹】
「さ〜て、メシ、メシ」
テーブルの上には、すでに由梨や麗が家で作って持ってきたり来る時に買っておいた食べ物や飲み物なんかが並んでいた。
そして、串に刺された生の肉や野菜も……
【雄樹】
「……まだ焼いてないのか?」
【麗】
「あ、先に焼き始めちゃったら焦げちゃったり冷めちゃったりすると思って待ってたの」
そう言うと麗は、ニコニコしながらその串を網の上に置いて焼き始めた。
【雄樹】
「『早くしないと焦げる』とか言ってたから、もう焼いたのかと思ってたよ」
【麗】
「だって、そうでも言わなきゃ来ない様な感じだったんだもん」
それなりにある胸を大きく逸らせて、両手に持った肉や野菜の刺さった串をかざしながら、なぜか勝ち誇ったような顔で言った。
トロいわりに高校の時の成績はトップクラスで、大学もいい所に入ったらしい。
まったく、世の中って言うのは謎に満ちているってワケだ。
【麗】
「ん? なんか顔に付いてる?」
串を網の上に載せきると、麗は何か顔に付いているんじゃないかと自分の顔中を触り始めた。
【雄樹】
「ん、唇に何か付いてるよ」
【麗】
「えっ? ウソウソ〜」
麗は、さっきよりも心持早い動きで自分の唇を一生懸命触り始めた。
麗の指が動くたびに、指に付いていた焼き肉のタレが唇の周りを染めていく。
【雄樹】
「ほら、鏡見てみろよ」
バッグから携帯用の鏡を取り出し、麗の方に向けてやった。
麗は(うまく自分が映ってないらしく)顔を右へ動かしたり左へ動かしたりしながら鏡を覗き込んだ。
そして、その動きが止まった途端……
【麗】
「きゃ〜〜〜〜っ! 何これ〜〜〜〜!?」
奇声 悲鳴を上げた。
あわててテーブルの上に置いてあったタオルで顔を拭きだす麗を笑いをこらえずに見ながら、4つのコップに飲み物を注いで回る。
【由梨】
「どうしたの、麗ちゃん?」
どういう経緯でこの騒動が起きたのかを知らない由梨が、一生懸命にタオルで顔を拭く麗に尋ねた。
すると、麗の手の動きが止まり、目から上だけをタオルから覗かせて涙声で由梨に言った。
【麗】
「ふえ〜〜ん、雄樹がいぢめた〜〜〜〜」
それだけ言うと、またタオルに顔全体を隠して肩を小刻みに震わせ始めた。
小さく嗚咽の様な声も聞こえる。
全然そんな年じゃないのに、なぜか小学生くらいの幼い女の子が苛められて泣いている様な雰囲気を醸し出している……。
【由梨】
「ちょっと雄樹、麗ちゃんに何したのよっ!」
由梨は胸倉を掴まんばかりの勢いで問い詰めてきた。
結構本気で怒っている目だ。
【雄樹】
「い、いや、ちょっとからかっただけで……そんな、何かすごい事した気は……」
【麗】
「……な〜んてね♪ 嘘だっぴょ〜ん♪」
タオルを振り回し、『してやったり』という満面の笑みを浮かべた麗。
……………………
しばしの間が空く。そして……
【雄樹】
【由梨】
「『だっぴょ〜ん』はありえない」
【麗】
「え〜っ! 何で、何で〜!?」
【雄樹】
「晶の『メガトンミサイル』の次の次くらいにありえないって」
【晶】
「『メガトンミサイル』は忘れてくれ……って、『だっぴょ〜ん』よりはありえると思うぞ」
【麗】
「……『メガトンミサイル』って強いの?」
【由梨】
「麗ちゃん、何か論点ズレてる……」
なぜか困った顔をして麗に訴えかける由梨。
しかし、麗はどうして論点がズレているのかが分からないように『え?』という表情で首を傾げる。
【雄樹】
「まぁ、どっちもありえないけどな」
腕を組み、目を閉じながら首を数度縦に振る。
ガスッ!
【雄樹】
「イテッ」
その動きを目敏く見ていた晶が復讐の蹴りを入れる。
その蹴りは見事に脛を直撃し、飛び上りそうなほどの痛みが足全体を駆け抜けた。
【晶】
「このサンドイッチ、美味いな」
口の横についた玉子サンドの玉子を指で拭い取り、3つ目を頬張りながら晶はサンドイッチを絶賛した。
【由梨】
「でしょ、でしょ♪ そのサンドイッチ、私が作ったの♪ こっちの唐揚げも食べてみて〜」
【雄樹】
「このおにぎりは誰が作ったんだ?」
【麗】
「はい、は〜い。麗ちゃんが早起きして握ってきました♪」
食べる事に一生懸命だった麗が、まるで『この問題、分かる人〜?』と質問されて手を上げる小学生のように手を高々と上げて自分が作ってきた事をアピールした。
【雄樹】
「いや〜、やっぱり? 道理でサンドイッチより美味しいそうだと思ったわ」
その言葉に、晶の感想に嬉しそうにしていた由梨の顔が一瞬にして険しくなる。
【由梨】
「どういう意味なのか、しっかり説明して欲しい発言だわね」
睨み付けてくるその目には、熊さえ逃げ出しそうな途轍もない殺意の光が宿っている。
そして……
踏み。
【雄樹】
「イテテテテッ……由梨、足踏んでる、足。俺の足。」
【由梨】
「あ〜ら、ごめんなさい。石だと思ったわ」
由梨は『様見ろ』とでもいう感じの嘲笑を浮かべながら晶の方へ向き直り、更に『もっとサンドイッチ食べて♪』と晶に勧める。
足にはくっきりとサンダルの跡が付いている。
【雄樹】
「あ、いや、スマン。俺にもサンドイッチ……」
足に付いたサンダルの跡をウェットティッシュで拭きながら、遠ざかるサンドイッチを呼び戻そうと由梨に軽い言い方で謝った。
【由梨】
「おにぎりの方が美味しいそうなんでしょ? 美味しくなさそうなサンドイッチなんて食べなくてもいいじゃない」
【雄樹】
「ゴメン。いや、ゴメンナサイ、由梨様。俺にもサンドイッチ食べさせて……」
と、由梨によって更に遠ざけられようとしているサンドイッチに伸ばした手を、いきなり晶が両手で押さえ込む。
それもちょっと…………いや、かなり強い力で。
【雄樹】
「何すんだよ、あき……」
【晶】
「……おっ、お茶……お茶くれ……」
涙目でお茶を求める晶。
その顔は弁当箱に入っているタコウィンナーよりも赤い……
【晶】
「……うぐっ……んぐっ……んぐっ……ふぅ、助かった……」
手渡したお茶のペットボトルをほとんど一人で空にした後、晶はやっと安堵の表情を浮かべた。
顔には先ほどの苦痛の重さが大量の汗となって溢れていた。
【由梨】
「何、どうしたの、晶君」
晶の息が落ち着いたのを見計らって、由梨がどうしてそうなったのかを尋ねた。
【晶】
「途轍もない何かが入ってた……」
晶は自分の食べていたおにぎりを指差しながら、恐ろしい物でも見たかのような口調で言った。
【麗】
「あ、それ当たり♪」
【雄樹】
【由梨】
【晶】
「当たり?」
【麗】
「そうそう、辛子明太子なかったから代わりに唐辛子たっぷり入れましたっ♪」
……………………
【由梨】
【晶】
「それって、ハズレじゃ……」
【麗】
「え〜っ! 何で、何で〜!?」
【雄樹】
『いや、その前になんでアタリハズレがあるのかを訊こうよ』
そんな心の中のツッコミには誰も気づいてもらえずに、昼食は進んでいく。
麗の作った物には何かしら一つ尋常ではない物が混ざっており、その恐ろしい強制イベントをいくつかこなして、なんとか無事に食事を終えることができた。
哀れにも由梨は輪切り唐辛子入り卵焼きに当たり、それから片付けを始めるまで他に何も食べる事ができなかった。
……………………
…………
……
日も少し傾き、木陰に吹く風が気持ち良くなり始めた頃、自然に銘々で行動することになった。
晶はあれほど猛っていたのに復讐することをすっかり忘れたらしく、遊び疲れて車で寝ているようだ。姿は見えないが、車の中に入っていくのがさっき見えた。
麗は足だけ川に浸けて、涼を楽しんでいるようだ。
その和みきった光景を川から少し離れた木陰でぼぉーっと眺めながら、なんとなく由梨の事を考え始めた。
由梨は……幸か不幸か近くに見当たらなかった。
【雄樹】
『あいつは……どう思ってるんだろう?』
由梨の事は嫌いじゃない。
むしろ、一緒に居て気が楽……というか安らぐくらいだ。
でも、『嫌いじゃない』ってことは『好きでもない』という事なんだろうか……?
そもそも、仲良くなったとは言っても友達のような存在だ。
そんな仲に男だ女だなんて感情で物を見ようとしている事がおかしな事なんだろうか?
【雄樹】
「あ〜、ダメだダメだ」
暗い考えに引き込まれそうな頭を強く左右に振って、頭を掻いた。
【由梨】
「何? 何がダメなの?」
【雄樹】
「うわぁっ!!」
突然背後から声をかけられて、思わず叫んでしまった。
背中にも首にも顔にも冷や汗が一気に噴き出してきた。
振り返ると、そこには両手に缶ジュースを持って由梨が立っていた。
【由梨】
「喉渇いたでしょ。はい、ジュース」
持っていた缶ジュースを片方こちらに放ると、もう一つを開けて自分で飲み始めた。
美味しそうにジュースを飲む由梨の姿に少し見惚れていたが、すぐに受け取ったジュースを開けて自分も飲み始めた。
日陰とはいえそれなりの気温だったので、冷たいジュースが喉を流れ落ちていく心地がとても良かった。
【由梨】
「で?」
【雄樹】
「ん?」
なんとなく由梨を直視できなくて、缶ジュースに口をつけたまま曖昧な返事をした。
【由梨】
「何がダメなの?」
【雄樹】
「ああ……うん、何でもないよ」
一瞬、何かを言おうと口が動いてしまったが、反射的に『何でもない』と言ってしまった。
勿論本人に訊ければ一番いいのだろうが、なんとなく恥ずかしいような……拒絶的な考えが出てしまう。
それだけ言って、後ろの由梨から前の川の方へと顔ごと視線を戻した。
【由梨】
「何よ、はっきり言いなさいよ。気になるじゃない」
そう言うと、頭を鷲掴みにして顔を強引に自分の方へと向けさせた。
屈み込んだ由梨の顔が目の前にある。
その瞳がこっちの瞳を覗き込むように見ている。
二人の視線が交錯し、なんとなく気まずくなってまた目を逸らした。
【雄樹】
「ホントに何でもないんだよ、ホントに……」
【由梨】
「そんな顔して『何でもない〜』だなんて、心配して下さいって言ってるような物じゃない!」
こういう事には鋭いんだよな、由梨は。
人当たりが良くて、他人の心配ばかりして、お節介焼きで……
一つしか年上じゃないのになんとなく頼り甲斐のあるお姉さんの様な…………そんな性格が好……
【雄樹】
「ほひ、ほは、はひひへふはほ(おい、こら、何してるんだよ)」
両指で思いっ切り口を横に開かれて、まともに喋る事もできない。
【由梨】
「どう? 喋る気になった?」
【雄樹】
「はははひ、へっはひひ(ならない、絶対に)」
【由梨】
「ん? 何言ってるのか良くわかんないよ」
【雄樹】
「ほはへはへふはほほひへふはははほっ!(お前が変な事してるからだろっ!)」
【由梨】
「やだ、汚〜い。唾が飛んできたじゃない!」
そこまできて、やっと口から手を離すとハンカチを取り出して自分の顔を拭き始めた。
【雄樹】
「まったく、自業自得だ。人が本気で悩んでるっていうのにっ!」
なんとなく顎がズレた様な感覚が顔全体に残っていて顎を右から左から抑えながら立ち上がった。
【由梨】
「な〜んだ。やっぱり悩んでるんじゃない」
【雄樹】
「……………………あっ」
誘導尋問に引っ掛かったと言うか、自爆したと言うか……
【由梨】
「…………」
【雄樹】
「…………」
期待……と言うか、好奇心に満ちた熱い視線を注ぐ由梨。”お節介焼きの血が騒ぐ”と言ったところか……
その視線に、まるで蛇に睨まれた蛙の様に動けなくなる。
数分……いや、数秒をそう感じただけかも知れないが、なんとなく吹っ切れた気がした。
周りには誰もいない。
そう、二人だけしかいない。
聞くなら今が丁度良い機会かも知れない。
【雄樹】
「ふぅ……わかったよ。話すさ」
観念した……という言葉が一番合っているのかも知れない。
【雄樹】
「あのな。俺はお前が……」
【由梨】
「きゃっ!」
初夏の暖かいような涼しいような、そんな風が二人の間を駆け抜けていった。
風は由梨の髪を攫い、そのまま空に浮かぶ入道雲へと逃げていった……。
慌てて髪を手で梳く由梨の姿が、木漏れ日に照らされて輝いて見える。
そう、夏が来た。
今、ここから夏が始まったんだ……
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▼設定資料
え〜、場所は東京都某所です。
某所たって、東京でこういう所は限られてますが……。
勿論今回も実話が元になってます。
当然誰の話が元かは言えませんが。
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▼登場人物
【 籐麻 雄樹 (とうま ゆうき) 】
広く浅くが心情。才能肌。中肉中背(要は普通)
何でもやる反面、器用ですぐにできてしまう為に飽きが早い。
性格に表裏があり、基本的に周りには明るく振舞うが、裏で一人で悩んでいることが多い。
【 浅木 由梨 (あさぎ ゆり) 】
誰とでも気軽に付き合える八方美人系。
雄樹と同じ様に表裏があり、周りに迷惑を掛けないように自分の中でだけ悶々と悩む事がある。
逆に人の悩みには敏感で、しかもお節介焼きという、質の悪さは仲間内では最上位。
雄樹とよく一緒にいるが、付き合っているわけではない。
お互いにそういう感情を持ってはいるのだが、2人とも気が付いてない。
いや、気付いてないと言うよりはっきりそうだと認識はしていない。
【 牧枝 晶 (まきえだ あきら) 】
長身で美形気味。気味ってところがポイント。
スポーツ好きで大抵何でもこなせる。
甘党で辛い物が食べられない。
クールと言うか冷めた性格のようにも見えるが、ノリが悪いだけで、ノセれば面白い。
雄樹とは部分的に全く正反対の性格を持っているが、その為か変に仲がいい。
【 新條 麗 (しんじょう うらら) 】
ちょっと……てか、カナーリおっとり屋さん。
マイペースな娘で、ある意味「自分の優先順位が一番上」って感じを持っている。
由梨の小学校時代からの親友で、いつも一緒に行動してることが多い。
「それなりにある」って言葉を使いたいが為に「それなりにある」キャラに……
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▼あとがき
なんだかねぇ、レモン丸齧りしたくらいすっぱいねぇ。
ってか、こんな話ばっかりやねぇ(恥
ぶっちゃけ元ネタを入手して書き始めてから、書き終わるまで2ヶ月以上かかってたりする。
しかも、書き続けていたんじゃなくて、仕事が忙しくて書けなかったんですわ。
んなもんだから、前半と後半で全体的な構成・設定が全然違ってる。
主人公に至っては性格が別物に……(猛省)
そもそも、最初は雄樹と由梨は同い年の設定だったのに、この話をもっと広げていこうと思って勝手に由梨を年上に設定変更してしまったし。
しかも、タメ口でも違和感ないように1つだけ年上という微妙なラインに……。
結局、キャラ設定をきっちり作ってから書き始めないと痛い目にあう、と。
他にもどうでもいいことなんだけど、今回は実験的に台詞以外のメッセージでは一人称を使わないようにしてみました。
勿論、全く意味はありません。そんな事をふと思って実行しただけ(馬鹿者)
ちなみに出だしの怪しげなあたりは狙ってやってます。
友人はそういう話だと思って、最初は全然見なかったとか……。
それはそれで痛い。
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