■ お見合い
朝見たニュースの天気予報を急に思い出した。


今晩は未明から荒れるらしい。


由美のヤツ、洗濯物とかしてないよなぁ。


ああ、でも久しぶりの雨だし、それはそれで
ちょっとウキウキするような、しないような。


まあ、荒れるったって、何も台風が来るわけ
じゃないんだし、特に心配することもない
かな?


いや、でも……………………。


そういえば、置き傘ってどうしたっけ?


そんなどうでも良いコト考えながら、
なんとなく時間が過ぎていく。


さっきからスクリーンセーバーがかかった
ままのモニターをぼんやり眺めてると……


【安里】
「鴇田くぅ〜ん。ちょ〜っといいかなぁ〜♪」


部長が俺に笑顔で声をかける。


なんかもう、これでもかってくらいの
すごい笑顔で……。


でも、一見笑っているように見えるけど
右目尻が微妙に引きつってる。


こういう時は大抵ドカ〜ンと一発お叱りが
来る時だ。


自然、同僚も席を離す。


【雅俊】
「なんすか、部長」


こっちも引きつり気味の笑顔で、進軍して
くる部長に対して迎撃態勢をとる。


【安里】
「鴇田くん。昨日出してもらったこの書類を
 見て、何か感じることはない?」


【雅俊】
「はあ、え〜っと、非常に良い文章だと
 思いますが……。
 言葉や文章構成は考えましたからね。
 レイアウトも角田さんに手伝ってもらった
 から問題ないかと思……
 あっ!」


【安里】
「やっと気が付いたか、この愚か者。
 こんだけこの仕事やってて、写真を反転して
 貼り付けるなんて単純ミスしやがってぇ。
 昼までに直してきなさいっ!」


【雅俊】
「うげっ! もう20分しかないじゃんよ。
 無理、絶対無理です」


【安里】
「できるできないは訊いてない。
 やれ。
 裏焼きしたんじゃないんだから、すぐ直せる
 でしょ。
 それに、アンタは午後から行くとこがあるで
 しょーが」


【雅俊】
「……あ……」


朝から異様に忙しくてすっかり忘れてた。
今日は午後からお見合いがあるんだった。


昨日(正確には今日の朝だけど)寝るのが
遅かったからすっかり忘れてた。


【雅俊】
「……やっぱり、止めませんか?」


【安里】
「それは無理よ。
 先方はやる気満々なんですって。
 写真だけで喋らなければイイ男なんだねぇ、
 アンタって」


えらい失礼な女だな。
なんでこんな奴の部下なんだろう?


てか、なんでコイツが部長なんだ?


………………


【雅俊】
「じゃあ、相手の写真くらい見せてもらえま
 せんか?」


そう、今日がそのお見合いの日だって言うのに、
俺はまだ、相手の顔を全く知らない。
それどころか、名前さえ教えてもらえてない。


【安里】
「それも無理。
 アタシの主義に反する」


部長、質問っ! どんな主義ですか?


【安里】
「会ってからのお楽しみってコトで」


確か、去年の忘年会でくじ引きとか言って
箱の中に海胆入れて、俺に手を突っ込ませま
せんでしたっけ?


お楽しみって、あなたが楽しむって事なん
じゃないでしょうね?


……もしかして痛い娘なんですか、部長?


【安里】
「じゃあ、ヒント!」


いや、ヒントとかじゃなくて、写真くれよ。


【安里】
「実はモデルなのよ、その娘。
 うちの雑誌でも何回か載せてるわよ」


【雅俊】
「えっ?」


うちの雑誌で使ってるモデルさん?
嘘じゃないならレベル高いぞ。


ファッション雑誌なのに
『服はともかく、モデルがいい』
と定評(?)があるぐらいだ。


【雅俊】
「え〜っ!?」


【安里】
「どうだ、驚いたか? ええ娘やぞ〜。
 アンタには勿体無いくらいにカワイイ娘
 でさ〜」


……目がやらしくなってますよ、部長。


てか、なんであなたが?


………………………………


……………………


…………






【安里】
「遅いわね」


部長がボソッと呟いた。


確かに遅い。
『約束の時間より1時間ほど遅れます』と
部長に電話が入ってはいたんだけど、
1時間なんて1時間も前に過ぎている。


【安里】
「こりゃフラレタネ」


それはそれで全然構わないんだけど、この人に
言われると何かムカつくな。


【安里】
「すいません。コーヒーお代わり」


【雅俊】
「えっ、まだ待つんですか?」


【安里】
「そりゃそうよ。
 別にお断りの電話があったわけじゃないし」


【雅俊】
「いや、電話もなく来もしない時点でアウト
 でしょ、真理チャン」


散々待たされて、ちょっと場を和ませようと
オフザケで名前で呼んでみる。


【安里】
「今死ぬのと後で死ぬのどっちがいい?」


顔は向けずに目だけで俺の方を見る。
気のせいか気温が5℃くらい下がったような
気がする。


しかも部長の目が冷たく光った気がする。


……ホンキデスカ?


【雅俊】
「もう少し待ってみましょう、部長」


この人を本気で怒らせて会社に残った者は
いない。


ウチの会社でまことしやかに囁かれている噂。


どっかで埋められてるんじゃないだろうな……


………………………………


……………………


…………


喫茶店のドアが開かれ、1組の男女が入って
くる。


男の方が部長を見てお辞儀をした。
部長も立ってお辞儀をする。


どうやら、あれが例の相手らしい。
俺も立ってお辞儀をした。


結局、相手が来たのはあれからさらに30分
ほど経ってからだった。


【マネージャー】
「お待たせしました、遅くなって申し訳あり
 ません。
 それでは取材の方、始めましょうか」


えっ?


取材?


【安里】
「それについてなのですが……、
 ちょっとよろしいですか?」


そう言うと、部長はマネージャーらしき人の
腕をつかんで強引に引っ張っていく。


【マネージャー】
「えっ? あ、あの、え?」


……状況が飲み込めませんよ、部長。


部長がマネージャーと店を出て行くまで眺めた
後、目の前に座った女性に目線を移した。


どこか子供っぽさを残しているのに、
目だけがやけに大人っぽく見えて……
なんか色っぽさを感じる。


そんな、可愛いとも綺麗とも言えるような
顔つきの女性だった。


【蛍】
「久しぶり。覚えてる?」


お互いにお互いの顔をひとしきり見た後、
唐突に彼女が話しかけてきた。


【雅俊】
「えっ?」


【蛍】
「覚えてないかぁ。存在感なかったもんなぁ」


【雅俊】
「ええっ?」


さっぱり思い出せない。


というか、知らない人じゃないのか?
こんな美人、一度見たら忘れない自信は
あったんだけどなぁ。


【雅俊】
「え〜っと……すいません。わかりません」


【蛍】
「まぁ、見てもわからないかもねぇ。
 あれから結構経つし、私も変わったしね。
 6年生の時に同じクラスだった浅見蛍よ」


同じクラスで、『浅見蛍』?


いたっけ? そんな名前の子……。


【蛍】
「ほら、よく苛められてるところ助けて
 もらったじゃない」


検索中...


検索中...


あっ……


思い出した。


【雅俊】
「確か眼鏡かけてて、よく図書館に一人で
 いた……」


【蛍】
「そうそう、思い出した?」


【雅俊】
「ええ〜〜〜っ!!??」


【蛍】
「そんな驚かなくっても……失礼だなぁ」


【雅俊】
「いや、だって……え〜っ!?
 あの蛍ちゃんが?」


【蛍】
「『あの』って……。
 確かに『あの』かも知れないけど」


昔を思い出したのか、ちょっと苦笑している。
その仕草といい、その顔をいい、昔のイメージ
と、まったく噛み合わないほど可愛い。


まったくもって『あの』は失礼だったかも。


でも、それぐらいイメージが変わってた。


小学校の頃、いつも一人で本ばっかり
読んでいた眼鏡をかけた子がいた。


ホントにいつも一人で、性格も消極的だった
せいか、よく苛められていて、よく俺が
割って入って止めさせてたっけ。


別に正義漢ぶってたワケじゃないけど、
そういうことが嫌いだったから、なんとなく。


『お前、あいつの彼氏かよ〜』
とか言われて、俺に矛先が変わったことと
蛍ちゃん自身が転校した事もあって、
それっきりだったけど……まさかこんな形で
再会しようとはね。


【雅俊】
「いや、懐かしいなぁ。
 全然別人みたいになってて分からなかった」


【蛍】
「ふっふっふ〜。
 実はね、中学から眼鏡やめてコンタクトに
 したんだけど、過去を知らない子ばっかり
 だったことと、私が可愛かったこともあって
 そっからモテちゃってさ。
 で、自信ついちゃってモデル応募したら
 受かっちゃってね〜」


そう言うとバッグから眼鏡を取り出してそれを
かけた。


伊達のようで度は入っていないようだけど、
眼鏡をかければなんとなく昔の面影がある。


【蛍】
「今でも、これがないと落ち着かないんだよね」


はにかみながら俯く姿が、ちょっと……
いや、かなーりカワイイ。


【雅俊】
「そっか、それでモデルだったんだ?
 驚いた、驚いた。
 で、今日はどうしたんだよ」


【蛍】
「あれ? 聞いてない?」


【雅俊】
「へっ?
 ……えっ?」


そういえば……俺はお見合いって言われて
来たんだよな。


【雅俊】
「何? どういうこと?」


【蛍】
「お見合いってコト♪」


……………………。


一瞬、思考回路がシステムダウン。


【蛍】
「いや、撮影の打ち合わせで出版社に
 行った時に雅俊さんのこと見てね。
 で、安里さんと打ち合わせしてた時に
 色々訊いたら、読まれちゃって……」


一体何者なんだ? あの人は……。


【蛍】
「私自身はあんまり時間作れないから、
 インタビューって形で時間作ろうって
 計画してくれたんだ」


【雅俊】
「へー、色々忙しいんだね。
 ……でも、なんでそこまでして俺に?」


【蛍】
「私にとって雅俊くんはね……」


そこで蛍ちゃんはいったん言葉を区切った。


そして、蛍ちゃんは両手で包んだカップの
中のコーヒーを見ながら小さい声で次の
言葉を紡ぎ出した。


【蛍】
「雅俊くんはね……私のヒーローなの」


言い終わるのと同時に、今度はしっかりと
その真剣な色の瞳で俺の目を見た。


ドキッ!


心臓が破裂しそうなほど大きく脈打った。


【蛍】
「だから……」


そう言ってカップを持っていた手を俺の
右手に添える。


ドキドキドキ…………


鼓動はどんどん早くなっていく。


や、やばい。
すごくやばい気がする。
俺、馬鹿みたいに上がってる。


【蛍】
「…………」


こころなしか、蛍ちゃんの瞳が潤んでいる
ようにも見える。


俺の脳は今にも熱断線を起こしそうだ。


こんな美人にこんな間近で真剣に目を覗き
込まれたら……


【蛍】
「な〜んてね」


【雅俊】
「へっ?」


突然、蛍ちゃんは眼鏡を取るとバッグに
仕舞った。


と、同時に喫茶店の入り口が開く。
部長とマネージャーが戻ってきたようだ。


……………………。


まるで悪夢から覚めたかのようにどっと汗が
吹き出る。


………………………………


……………………


…………


【マネージャー】
「それでは掲載については先ほどのような
 感じでお願いします」


【安里】
「はい、了承しました。
 お忙しい中、ありがとうございました」


【マネージャー】
「それでは」


マネージャーは一礼すると出入り口の方へ
歩き出した。


【蛍】
「じゃ、またね」


マネージャーが数歩分離れたところで、
蛍ちゃんが顔を寄せて囁き、すばやく
マネージャーの方へと小走りで駆けていった。


【安里】
「あ〜、疲れた。
 あのマネージャー、中々の堅物でさ」


隣で部長が何か色々話しているが、そんな事
まったく耳に入らない。


と、急に頬を引っ張られた。


【雅俊】
「ひはひ、ひはひ。はひふふんへふは」


【安里】
「人の話を聞け」


さっき見た冷たい視線。
危険だ、本気だ。


【雅俊】
「すいません」


【安里】
「で、どうだったんだ?」


【雅俊】
「いや、どうもこうもないですよ。
 小学校の頃同じクラスだった子でした。
 って、計画したの部長らしいじゃない
 ですか!」


【安里】
「あ、バレた」


『バレた』って、あーた……


【安里】
「でも、言った通り可愛い娘だったでしょ?」


【雅俊】
「それは……否定しませんけどね。
 でも知り合いなんだったら、教えてくれ
 てもよかったんじゃないんですか?」


【安里】
「言ったでしょ?
 アタシの主義に反するって」


ホント、どんな主義なんだ?


【安里】
「で、もう一度訊くけど、どうだったんだ?」


【雅俊】
「どうって……昔話を少ししただけですよ」


【安里】
「ん?
 おかしいな……
 ホントにそれだけか?」


【雅俊】
「それだけって……他に何があるって言うん
 です?」


【安里】
「やだ〜♪
 そんなコト女のアタシから言わせる気?」


何考えてんだ? この馬鹿は……。


【雅俊】
「さ、もう社に戻って仕事しましょ?」


【安里】
「は? 何言ってるの?
 これからアンタはアタシに過去に彼女と
 何があったのかを報告しなきゃダメで
 しょう?」


【雅俊】
「は?」


【安里】
「さぁ、吐け。観念して白状しろ。
 さもないと……」


非常に『さもないと』の後に何が来るのかは
怖いけど、彼女の名誉のためにも『あのこと』
については喋んない方がいいんだろうなぁ。


………………………………


……………………


…………


結局、当たり障りのないことだけ話して、
家に帰ってこれたのは日付が変わる直前
だった。


ポツポツと雨が降り始めてきている。
まぁ、幸い降り始めだったからなんとか
濡れずには帰ってこれた。


【雅俊】
「ただいま〜」


部屋の電気がついてたから、由美が来ている
事は分かっていた。


ここ数日は毎日夕飯作ってくれてたから、
今日もそのつもりでコンビニでも飲み物
だけしか買わなかった。


【由美】
「お〜そ〜い〜。
 何時だと思ってるのよぉ」


【雅俊】
「悪ィ、ちょっと部長に掴まってさ」


【由美】
「お夕飯できてるよ」


【雅俊】
「サンキュ。
 腹減ってたんだ」


あの後、同じ喫茶店でコーヒーばっかり
飲みながら、色々と根掘り葉掘り部長に
訊かれて散々だった。


何で人の話ばっかり興味持つかな。
そんなだから男の一人もできないんだよな、
あの人……。


【由美】
「じゃあ、お見合いじゃなかったんだ?」


【雅俊】
「そうだなぁ、結果的には……プチ同窓会?」


【由美】
「何それ」


言いながら、由美は右手を口元に当て笑いを
こらえた。


ここで、帰ってきてから初めてコイツの笑顔を
見た気がする。


やっぱり気にしてたんだろうか?


【雅俊】
「そう言や、小学校時代の人間とは高校以来
 会ってないかもなぁ」


【由美】
「じゃあ、懐かしかったんじゃない?」


【雅俊】
「そうだなぁ。
 特に思い入れのあるってわけじゃないけど、
 ある意味特別な子だったからな」


【由美】
「えっ?」


急に由美の顔が曇った。


……………………。


窓に雨が当たる音がする。


どうやら、天気予報通りに雨足が強くなって
きたようだ。


今晩は……荒れるらしい。


…………


……………………


………………………………。





▼設定資料

この話は友人から聞いた実話を元に多少表現を
大きくしたり抑えたりしたもので、
当然登場人物の名前は勝手に作ったものです。


実は1話の人とはまったく繋がりのない人
なんですが、話が噛み合いそうだったんで
繋げてみました。

でも、あんまり繋がってないような気が
しないでもない。

▼キャラクター設定

鴇田 雅俊 (ときた まさとし)
男 23歳
大学卒業後、出版関係の会社に就職。
入社早々安里に気に入られ(?)、
いつも安里に苛められ、からかわれている。


鴇田 由美 (ときた ゆみ)
女 15歳
雅俊の妹。血の繋がりはない。
雅俊と同棲のような状態で生活している。


安里 真理 (あさと まり)
女 28歳
雅俊の会社の部長で、とにかく世話好き。
会社に私情を持ち込むような人間で
嫌っている人も多いが、ある意味懐が深く、
その前向き過ぎる性格から同性のファンが
多いらしい。
……という噂。


浅見 蛍 (あさみ けい)
女 23歳
雅俊の小学校時代の同級生。
眼鏡・本の虫・消極的と3拍子そろっていたため、
小学校時代は苛められっ子だった。
その後、眼鏡からコンタクトに変えたことで
性格が一変。
ファッション雑誌等のモデルをしている。

▼ネタバラシ

実際には設定上の立場がまったく違い、
本人(雅俊)は出版関係に勤めているわけ
じゃないし、彼女(蛍)の方もモデルじゃ
なく、お互いに同級生だったってコトに
気付かずにお見合いしたってだけ。
その後、数回デート……てか、遊びに行った
だけでお別れしたそうですけど、世の中には
そんな偶然もあるって話。


どうでもいいけど、『写真くれよ』は
『ネギくれよ』のノリで(麦



そういえば……回を重ねるごとに長くなるな。
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