■ 兄妹
蛍光灯の消えた部屋の中で、
テレビに映し出された影だけがせわしそうに踊っている。


最近は、いつもこうやって寝てるな。


揺れる影を見ながら、ふと、
数日前からこいつに話そうかどうしようか
迷っていた事を話そうと思った。


【雅俊】
「俺さぁ、明日お見合いしてくる」


何の前置きもなく声をかける。


【由美】
「んー、何?」


背中から返ってくる眠たそうな声。
首筋に、声と同じリズムの息がかかる。


【雅俊】
「俺さぁ、明日お見合いしてくる」


もう一度同じ事を言う。
ただ、さっきよりは少し大きな声で…


【由美】
「え?」


【雅俊】
「明日見合いしてくるって言ったんだ」


今度は少し声を荒げて言う。


別に怒っているわけじゃない。
気まずいことを何度も言う事が嫌なだけだ。
それでもこいつにだけは言っておこうと思った。


返事はない。
戸惑っているのか、言った事が理解できないのか……。
いや、多分理解したくないんだろう。


テレビはいつの間にか終わっていた。
砂嵐だけが映し出されている。


由美は上半身だけを起こすと、俺の耳を引っ掴み、
顔を無理矢理自分の方へと向けさせた。


【雅俊】
「いたたたたっ、あにすんだよ!」


【由美】
「ちょっと! それ、どういう事?
 聞いてないよ!?」


【雅俊】
「どういう事って、そういう事だよ」


それ以外言い様がない。
言った所でこいつが納得するはずもないし。


それに、そのお見合いを成功させようなんて、
カケラも思っちゃいない。


【雅俊】
「上司命令ってやつさ。
 うちの部長、自分は男の一人も作らないクセに、
 人にそういう話を世話するのが大好きなんだよ」


【由美】
「……でも、断れなかったの?」


【雅俊】
「今、仕事いい感じなんだ。
 ここで降ろされたくないんだよ。あの人、
 かな〜り私的感情を職場に持ち出す人だからさ」


【由美】
「う〜……でもでもでも〜」


そう言いながら、由美は頬を膨らませる。


こいつ、自分のワガママを押し通そうって時は、
必ず仕草や言葉遣いが幼くなる。


それが可愛く思う時もあるし、無性に腹が立つ時もある。


今回は……まあ、どちらでもないかな。
ギリギリまで黙ってたっていう後ろめたさもあるし。


【雅俊】
「安心しろ。会って話して来るだけだよ。
 俺、そういうの嫌いだもん」


お見合いなんて、そんなのどうだっていいさ。


俺が誰と付き合うなんて、
俺以外の誰が決めるっていうんだ?


そんな知らない人間と会って、
いきなり意気投合なんてする訳ないじゃんか。


【由美】
「……ホント?」


【雅俊】
「ん? 信じないのか?」


【由美】
「そうじゃないよ。だけど……」


【雅俊】
「そっか〜、信用されてないなぁ、俺」


【由美】
「あう〜、いぢわる」


【雅俊】
「ははははは、嘘だよ。安心したか?」


【由美】
「うん、ちょっとはね」


由美は右手を前に出すと、親指と人差し指を短く離して
Cの字を作る。
親指と人差し指の間は1cmにも満たない。


【雅俊】
「はは、それっぽちか。ホントちょっとだな」


【由美】
「うん、ほんのちょっとね」


【雅俊】
「ま、いっか。さ、二人とも朝早いんだ。もう寝るぞ」


【由美】
「うん」


由美の返事を待ってからリモコンでテレビを切る。
同時に部屋の中はこれでもかという位に暗くなった。


暗闇の中、背中に張り付くようにしている由美に
「おやすみ」と言う。


由美の声もすぐに暗闇の向こうから返ってきた。


【由美】
「うん、おやすみ。お兄ちゃん」











鴇田由美、俺の妹。
ただ、正確に言うと血の繋がりはない。
オヤジの再婚相手の連れ子だ。


先月、俺の住む町に越してきた。
俺が通ってた大学の付属の学園に通うためだ。


自分で借りた部屋へはほとんど戻らず、
俺の部屋に入り浸っている。


俺も来る事は拒まない。


いや、拒めないと言った方が適切か。


ほとんど毎日同じ物を食べ、
ほとんど毎日同じベッドで寝起きしている。


同棲みたいな感じだが、
お互いにそんな感情は持っていない。

少なくとも俺はそう思ってる。


当然親達はこのことを知らない。
実家とは距離があるし、あえて知らせることもないと思う。


オヤジはこういった事にうるさいし、
由美の母親(俺は由紀おばさんと呼んでいる)も良くは
思わないだろう。


俺達は好きでこうやっているんだし、
それを邪魔されたくはない。


異性として好きなわけじゃない。
でも、一緒に居たいと思っているのは確かだ。
だから、お互い一緒に居る。


まぁ、人よりもその度合いが大きいかもしれないが……。


他人が今の状況を見たら、
全員俺達の関係を怪しむかもなぁ。






スゥ…………スゥ…………


後ろから規則正しい寝息が聞こえる。
もう由美は寝た様だ。


その寝息を聞くだけで、
今考えていたことはどうでも良くなった。


いつまでも側に居続ける事はできない。


でも、別れなくてはいけないその時までは、
こうして一緒に居たい。


それだけで今は十分だ。


そう思うと肩の力が抜けた。


今日もそれなりに上手く切り抜けられるさ。


いつものようにテキトウに、曖昧に、
上手くはぐらかして行けば、
何事もなく『なかったこと』になるだろう。


気付けば外はもううっすらと明るい。
気の早い鳥たちは、すでに鳴き始めている。


やべっ、そろそろ寝るか。


…………


……………………


………………………………。





▼設定資料

この話は友人から聞いた実話を元に多少表現を
大きくしたり抑えたりしたもので、
当然登場人物の名前は勝手に作ったものですし、
学校名などは伏せてあります。

▼キャラクター設定

鴇田 雅俊 (ときた まさとし)
男 23歳
大学卒業後、出版関係の会社に就職。
父とは実の母親が死んでからは仲が悪い。
というより、お互い干渉しなくなっている。


鴇田 由美 (ときた ゆみ)
女 15歳
雅俊の妹。血の繋がりはない。
雅俊の父親と由美の母親由紀が結婚したため
雅俊の妹になった。


鴇田 由紀 (ときた ゆき)
女 年齢設定なし
雅俊の義母で、由美の実母。
雅俊の父と再婚。
お互い連子だった。


雅俊の父
男 年齢設定なし
妻(雅俊の実母)が死んでからは雅俊とは
お互いに干渉しなくなっている。


雅俊の会社の部長
女 年齢設定なし(30代前半という程度)
とにかく世話好き。
会話の内容から、男はいないようだった。
会社に私情を持ち込むような人間のようだ。
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